積読こそが完全な読書術である
永田希『積読こそが完全な読書術である』を読む。ピエール・バイヤールやアドラーをはじめとする読書論を引きつつ、読んだという行為の曖昧さを踏まえて自由に論を展開しているのだけれど、人間の営みの儚さと本という装置の奥深さの対照が浮かび上がってくる。確かに、情報過多へのバックラッシュとしての積読にはおぼえがあって、防壁のように機能するところもあると思うのである、言い訳として。
トランプが、今度はオンタリオ湖をアメリカ湖にするという。
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